ヘタウマ。
サックスのプライベートレッスン
新サービス「音楽の贈り物」
全てのお問合わせは
コチラ
まず表現したいことが強烈にある。
それをするには例えば音楽だったら楽器の練習をしなくちゃならないかもしれない。
でも、そんなことしてたら胸のうちにあるモノが消えてなくなっちゃう。
もういいからとにかくそこにあるものだけでやっちゃうんだ。
初期衝動が全てに優先する。
後追いですが、NHKの「ニッポン戦後サブカルチャー史II DIG深掘り進化論」の第5回にやられてしまいました。
テーマは「ヘタウマ」。
ヘタウマって価値観が1980年頃誕生し、今ではもう一般化しています。
見た目の完成度は低いものの、それが表現するものは魅力にあふれている。
わかりやすく言えばそんな感じです。
この番組の中で、イラストレーター湯村輝彦氏の次のような順位付けを紹介していました。
まずはこの4種類のカテゴリ-→ウマウマ - ウマヘタ - ヘタウマ - ヘタヘタ。
この中の言葉にあるウマとはもちろん「上手い」のことで、ヘタとは「下手」のこと。
初めの2文字(ウマ or ヘタ)は、技術とか完成度とか習熟度を表し、続く2文字は魅力とか表現力とかを表すと解釈できます。
つまり、
- ウマウマ 長年に渡る修行の結果得られた技術で、心に深く刺さる。
- ウマヘタ 長年に渡る修行の結果技術は得たものの、心に引っかからない。
- ヘタウマ 大した努力はしていないので技術は持っていないが、心に深く刺さる。
- ヘタヘタ 大した努力はしていない上に、心にも引っかからない。
順位は次のようになりました。
- ヘタウマ
- ヘタヘタ
- ウマウマ
- ウマヘタ
ヘタヘタがなぜ2位になるのかの解説はありませんでしたが、概ね納得です。
ヘタウマがウマウマの上に来るのはなぜか?
それは、初期衝動を大切にしているからです。
最初に表現したいものがあって、それをどうしたらいいか分からず、とりあえず練習する人と、とりあえず表現しちゃう人がいる。
どちらによりパワーを感じるか。
それがとにかく重要ということです。
セックスピストルズが音楽でいうヘタウマの一例として上げられていました。
もともとシンプルだったロックという音楽が、どんどん複雑化して本来の意味を見失った頃にコードなんて3つも知っていればロック出来るぜ!とパンクのムーブメントが興りました。
彼らは練習なんてしちゃダメだとも語っているそうです。
そして最悪なのがウマヘタ。
僕はこれを、なにかアートを創りあげようという時に、初期衝動からスタートしていないという状態なんじゃないかと思いました。
手段が目的化している状態。
アーチストの目的とはなにか表現したいという欲求を満たすということです。
本物のアーチストは、ある表現をなし得るために必要な訓練をします。
その結果とんでもないテクニックが身についてしまった。
ウマヘタの人がこれを見た時に、この手段である「とんでもないテクニック」を得ることを目的にしてしまった。
結果、初期衝動に表現がないから魅力もなくなる。
僕自身、音楽を初めてしばらくはずっとウマヘタ精神でそれに向き合ってきました。
やがて、自分の回りにいたヘタウマやウマウマの人たちを見て、自分との根本的な違いを感じはじめました。
当時はそれがなんなのか分かりませんでした。
今だってずっと迷ったままですが、わかってきたこともあります。
その意味で自分には余白がまだだいぶある気がしているんです。
※写真は息子画伯の作品です。もちろんカエルです。