Chasin' the Sound 5th

サックス(フルート)/ サウンド・デザイナー 栗原晋太郎のオフィシャルブログ

脚色と補正

 2012_ 3_ 2_23_27.jpg  音は空気を伝って人の耳に届きます。  音の源たるモノから一直線に音は届きます。しかし実 際には四方八方に音は広がっていきます。無秩序に広がった音は例えばその部屋の壁なり天井なりに反射してまた改めて人の耳に届きます。ぶつか り合う音たちは複雑に反応して、元の音とは違った成分を生み出し、間違った情報を耳まで届けてしまうのです。  オーディオの世界では、音はスピーカーかヘッドホン で聞くのが一般的です。しかし、それらのツールも個性豊かに色付けされ聞いていて気持ちいい周波数を強調してあったりします。これはこれで間 違った、脚色された音なのです。  もっと言ったら、録音段階でより良い音になるように レコーディングエンジニアの皆さんが躍起になってひたすら調整するのです。これもある意味間違った情報。  では、良い音ってなんなんだ?  僕は音楽制作者なので、自宅にもそれなりの道具を保 管しています。そしてこの度、ARC Systemという測定器兼音質補正ツールをを手に入れました。  Advanced Room Correction Systemが正式名称で、とにかく本来あるべき色付けのないフラットな音場を創りだしてくれるツールです。専用のマイク で僕の部屋の音を測定すると、すぐに補正をかけてくれます。  まず僕が受けた補正後の音の印象はしょぼいというこ とです。これまでどんだけ脚色された気持ちいい音を聴いていたんだと思ったわけです。  脚色された音の中でいくら調整(MIX)を頑張っても、どんな環境でもある程度の結果を 出せる様な“いい状態”にはなりにくい。  僕の吹くサックスからは、それなりの経験を重ねたそ れなりの音が鳴ります。もちろんそれは僕が僕自身の努力で勝ち得た、他にはない音です。僕はその音が結構好きなので、僕にとってはそれはいい 音なんです。  録音物や、ライブ等で届けられる僕の音は、マイクと 言うフィルターを必ず通ります。これは絶対に避けられない。それは本来の僕の音ではない。でも人々はそれを僕の音であると認識する。  完全に間違った情報  ARCにおける補正という行為から学べるのは、飾られた音を人々は日常的に聴いているのだと いうこと。  ぼくはちょっと前までマイク無しのライブを定期的に 行なっていました。何も足さないし、何も引かない。その生々しい音は部屋の反射音よりも早く直線的にオーディエンスに届く。それってすごいこ とです。そういうライブでは音に込めた思いも伝わりやすい。これは実感としてありました。  ARCは本来のしょぼい姿をせてくれる、化粧落としなんです。その状況で立ってくる音があっ たら、それこそがよい音なのかもしれません。「スッピンが綺麗」と同じ事。しかしそれでは、万人がいい音と思えるような状態には決して仕上が りません。本来のいい音ではなく脚色を人々は求めているのです。