Chasin' the Sound 5th

サックス(フルート)/ サウンド・デザイナー 栗原晋太郎のオフィシャルブログ

モノの価値

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何でも鑑定するという内容の某番組をいつの間にか見ているということが最近よくあります。
この番組は自分や家族の持ち物の価値を骨董商などの鑑定人が鑑定するというもので、その結果が高額であると盛り上がります。
時々びっくりするくらい価値の高いものが出てきてなかなか楽しい。

出演者は、一般の人から有名芸能人までいろいろです。
いつもなんとなく始まっているものだから、ボーっと見ているに過ぎないんですが先日あることに気付いてしまいました。

この番組は、鑑定依頼の人が出てきてその依頼者の周辺情報をまず紹介し、そして依頼品の情報を流します。
つまり、そこには様々なドラマがあるわけです。
亡くなった家族の遺品であったり、戦中わけも分からず、とにかくこれだけは家宝だからもって逃げるように言われていたものだったり…
どんなドラマティックなバックグラウンドがあってもその品物が偽物だったりする。
依頼人はそれが発覚すると皆落胆の表情を浮かべます。

ふと思っちゃったのは、素敵な思い出の付随した品物の現在の値段を知ることに何の意味があるんだという事でした?
値段によってはその素敵な思い出は置いておいて、売ってしまうってことなんでしょうかね。

そう思うとなんだかなぁ。

もちろんテレビだから、そういうドラマがないと意味ないんでしょうけど、それ知ってどうするんだろうと思ったらアホらしくなってきてしまいました。
大切な思い出の品ならば、その値段を知っても意味無いはず。
だって言うまでもなく、売ったりしないで大切にするでしょうし、思い出の価値が揺らぐなんてことはないはずだから。
だとすると、ここに出る人というのは、場合によっては売る気(満々)だってことでしょう。

モノは所詮モノ。
生活に困ればやっぱり売って現金にしちゃうんですよ。
困ってなくても他にブツヨクがあれば売っちゃうんですよ。
思い出の如何に関係なくね。

モノなんて壊れても失くしてもいいように普段から考えておくというのが大事。
倉庫の奥深くに置かれて見られなくなった絵画になんの価値があるんでしょう。
演奏されないビンテージ楽器にも本来の価値はあるんでしょうかね。

モノの価値ってなんなんだろう。